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鳥取地方裁判所 昭和43年(ワ)306号 判決

原告 古川安子

右訴訟代理人弁護士 熊谷尚之

同 面洋

同 高島照夫

被告 日ノ丸産業株式会社

右代表者代表取締役 徳田泰次郎

被告 大西日出男

右被告二名訴訟代理人弁護士 花房多喜雄

右同復代理人弁護士 藤原和男

被告 小林美明

右訴訟代理人弁護士 前田修

主文

被告らは各自原告に対し、金七一四万円並びに内金六六九万円に対する被告日ノ丸産業株式会社および被告小林美明については昭和四三年一二月一九日から被告大西日出男については昭和四四年一月一〇日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを八分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

本判決中、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

「被告らは各自原告に対し、金七七九万円および内金七一九万円に対する本件訴状が被告らに送達された翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行宣言。

(被告ら)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者の主張

(原告の請求原因)

一、本件事故の発生

(一) 原告の息子である訴外亡古川敏雄は、鳥取市西品治町三六四番地晴美荘アパート七号室において、昭和四二年九月二日午前四時ごろ起床し、煙草を吸うためライターを点火したところ、同室内に充満していたプロパンガスに引火して爆発を起し、同人は全身火傷を負いそれがため同日午前一一時五二分に死亡した。

(二) 右事故は、右アパート(以下、本件アパートという)を新築した訴外山村末繁が、同年八月二四日に右七号室の浴室に浴槽を搬入するに際し、既に同室外壁に配管とともに取付けてあったプロパンガスの計量器が邪魔になって搬入することができなかったので、右計量器とガス管を接続している袋ナットを緩めて同計量器を動かしたが、その後元通りにその接続を固着していなかったため、その緩めたナット部分からガス洩れを生じ、同室内にプロパンガスが充満し、右本件事故を惹起するに至ったものである。

≪以下事実省略≫

理由

一、争いのない事実

請求原因一の事実および本件アパートの建築施主である訴外山村末繁から被告小林が本件ガス設備工事を請負い、同被告から被告会社がその配管工事を下請した事実については、被告会社および被告大西において自認し、被告小林において明らかに争わないところである。

二、被告会社と被告大西との関係

そこで、右関係について考えるに、≪証拠省略≫を総合すれば、被告会社は本件アパートのガス配管工事(以下、本件配管工事という)を自社社員で第二種販売主任者免状を有する訴外桐林久興に担当させたが、当時同社には右工事関係の現場技術員は右桐林のみであり、配管工事には最小限二人の現場従業員を要することから、臨時に全国LPガス協会連合会から第一種配管主任技術者の認定を受けている被告大西に右工事の手伝いを依頼して、右二人によって右工事に従事させたものであること、被告大西は工作所を従業員もなく個人で営み、いわば職人的存在で、これまで被告会社から臨時職人として日給で雇われたことも、工事単位で手伝いを依頼されたこともあったもので、本件工事の場合は日給ではなくその報酬は工事単位であったが、その工事事業面においても、また、職責上においても何ら独立の地位にあったものではなく、全く被告会社の指揮の下にその工事に従事していたものであることが認められ、≪証拠判断省略≫、また、≪証拠省略≫をもってしても、本件工事に要する材料の一部を被告大西において購入し持込んだ分について後日被告会社からその支弁を受けたものと認められるにすぎず、この事実をもって前記認定を左右するものとは認められず、他に前認定を覆すに足る証拠はない。そうすると、被告会社は本件配管工事において被告大西を実質的には臨時の技術職人として雇入れ、その指揮監督下に使用した関係にあるものといわねばならない。

三、被告大西の過失責任について

≪証拠省略≫を総合すると、次のような事実が認められる。

(一)  被告大西は、本件配管工事中に、前記山村から浴槽は後で搬入して据付けるから配管の付設工事を先にやってくれと言われ、その浴槽搬入のため各浴室(本件アパートは階上、階下各六室)の壁の一部分を一平方メートル弱程壁下地も作らずに空け、容易に除去できる板張りだけにして、同箇所から浴槽を搬入し得る状態にしてあるのを見聞していた。

(二)  昭和四二年八月二二日ごろ、右山村が手伝い人夫の訴外馬場米子とともに本件アパート階下一二号室の浴室の前記未完成の壁部分から浴槽を搬入するに際し、その壁に沿って既に付設してあったガス配管の計量器の部分が支障となって搬入できないでいるのを目撃した被告大西は、同計量器の上部に接続してあるガス配管二本との接続部分の袋ナットを緩め、うち一本の配管と計量器との接続を取外し、同計量器を片側に回転させて右支障を除去し、右浴槽の搬入を可能にしてやった。

(三)  その際、被告大西が山村らに対し、他の部屋でも入らなかったこのようにして入れておけば後で直しておく旨を告げていたことから、右山村は同月二四日ごろに本件アパート二階七号室や一七号室の浴室に浴槽を搬入するに当り、前同様に既に付設してあった計量器が支障となったので、自らモンキースパナを用いて袋ナットを作動して前同様の方法でその支障を除去し、浴槽を搬入したが、右ナットの固定復元については後で被告大西が締め直して固着してくれるものと軽信し、同ナットがネジ穴から落ちない程度に手でネジ廻しておいたにすぎなかった。

(四)  一方、同年八月二三日の午前中に本件配管工事を終えた前記桐林と被告大西の両名は、同日正午ごろ被告会社のマノメーターと検圧計を用い右付設配管全体に空気を送り込む方法にて所定の気密試験を行い、同工事結果について空気洩れ等の異状のないことを確認し、その旨を同日被告小林および前記山村に告げて同現場から引揚げたが、当時被告大西はいまだ本件アパート全室への浴槽の搬入は完了しておらず、四室分程未搬入のままになっていたことを承知していたものの、その搬入につき前記のように計量器を作動した場合は山村から連絡してくれるものと軽信していた。

(五)  その後、被告大西は本件アパートの浴室の吸排気構造の不備からガス中毒の虞があることを心配し、その設備を完全にするよう山村および被告小林に告げるとともに、被告会社のガス課長であり鳥取県LPガス協会の保安委員でもある訴外安藤信夫にもそのことを連絡したので、同年九月一日の午前中に同安藤からも山村にその旨の注意を与えたことがあった。

(六)  そして、同八月末までには全室への浴槽の設置が完了し、同九月一日本件アパートに一部入居者があったので、家主の山村において被告小林にガス供給を依頼したことから、同日午後六時ごろ、前記浴槽搬入のため計量器を動かした等の経緯について関知しない被告小林において、本件アパートのプロパンガス集合装置として階下に設置してあったガスボンベの貯蔵庫にあるガス元栓を開放し、同アパートのガス配管に右ガスを流通させたまま放置したことにより本件事故が発生するに至った。

(七)  なお、本件事故直後に被告会社の前記安藤課長らが検査したところ、右事故のあった二階七号室のほか二階一七号室の浴室の壁に沿って取付けてあったガス計量器の接続ナット部分からも同様にガス洩れを生じていることを発見した。

≪証拠判断省略≫

右認定事実からすれば、山村において本件アパートの七号室等の計量器を八月二三日の気密試験実施後に作動したことを被告大西らに告げなかった落度が認められるが、被告大西においても右気密試験後に浴槽搬入のため計量器部分が動かされることを充分予測し得べき立場にあったものであるから、その全室への浴槽搬入完了後に自ら右計量器の接続ナットの固着状態を点検し、或いは、被告会社や被告小林にその旨を告げて同被告らに注意を喚起するとともに配管設備全体について再テストを実施させる等の事後の安全の確認と措置の万全を期すべきであったのにかかわらず、漫然と山村が計量器を作動すれば同人から連絡があるだろうと軽信するか、または、浴室の吸排気のことのみに気を奪われ右の事実を失念したかして、何らの確認措置をとらなかった結果本件ガス洩れを生ずるに至らせたもので、その過失責任は免れない。

四、被告会社の使用者責任

そうすると、前記二で判示した如く、被告会社はその事業である本件配管工事の施行につき被告大西を使用する関係にあったものであるから、同被告の右過失につきその使用者としての責任を負わねばならない。この点被告会社は被告大西は有資格の技術者である旨主張し、同事実は前認定のようにこれを認め得るところであるが、被告会社がその選任につき相当の注意を払っていることが認められるとしても、その監督上の無懈怠の免責事由について別段の主張、立証もないので、その監督責任は免れ得ず、結局本件事故により第三者の被害者に加えた損害の賠償義務を負うものといわねばならない。

五、被告小林の過失責任について

≪証拠省略≫を総合すれば、

(一)  被告小林は前記山村から本件ガス設備工事を請負うに際し、本件アパートに供給するプロパンガスを同被告が専属的継続的に販売供給する目的でその配管設備を同ガス販売供給業者である同被告と家主の山村との共有とし、そのために配管工事費と同被告の販売品である各室備付の一口ガスコンロ器具費の負担を右両者の折半としたが、各浴槽とその風呂釜バーナーの燃焼設備器具は山村が訴外鳥取電業株式会社から購入して設置し、同バーナーの取付けは右訴外会社がすることとしていた。

(二)  前記の八月二三日に被告会社が配管工事の気密試験を実施した前後に、被告小林は同被告がそのころ各室に設置したガスコンロ器具とその関係配管について不完全燃焼の有無等の燃焼検査と石鹸水の塗布によるガス漏洩検査を行っていたが、前認定のように当時全室への浴槽の搬入が未了の状態であって、その搬入は同月末までには完了したものの、同年九月一日ごろまで水道工事も未完成の状態にあったので、風呂のガスバーナーについては八月二九日ごろに階下一号室の浴室において試験的に雨水を用いて湯沸しをしてみた程度であった。

(三)  同年九月一日には本件被害者の入居した階上七号室を含め四室の入居者があり、そのうち階上六号室の入居者から山村に対し入浴のためガスを使用したい旨申出があったことから、同日午後六時前ごろ山村は被告小林に対しその旨の依頼と既に水道工事が完成した旨を電話連絡して兵庫県美方郡温泉町の自宅に帰り、その直後の同日午後六時過ぎに同アパートに赴いた同被告は右六号室の風呂釜バーナーの燃焼検査と漏洩検査をしたのみで、当時既に全室に浴槽と風呂釜バーナーが設置され、全室の燃焼設備器具の設置が完了していたのにかかわらず、その他の各室の風呂釜バーナーや計量器の取付部分等の関係配管についての検査は後日入居者があった都度等に行えばよいと軽信し、従って、全室の燃焼設備器具の全てに点火してその燃焼状態等を検査する機能検査をなすこともなく、また、同アパートの既設配管全体についてのガス洩れの有無の確認については既に被告会社において八月二三日に気密試験を実施していることから、もはやその必要がないものと過信して、これが再確認の措置を講ずる意思もなく、直ちに右六号室の入居者にプロパンガスを供給するため、同アパートの前記ガス集合装置の元栓を開栓し、同アパート全体の配管に同ガスを流通させ、全室にその供給を可能にしたまま放置して帰宅した。

等の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、高圧液化ガスであるプロパンガスは人命等にかなり高度の危険性を有するものであるから、同ガス取扱業者はその業務に関しそれ相当の専門の知識と技術を要求されるのであって、販売供給業者がその供給を開始するに際しては、同ガスが流通する配管設備および燃焼器具の全てについて漏洩検査、機能検査等を実施し、危険発生の防止に万全を期すべき注意義務があるのみならず、本件では、前認定のように集合装置を設け多量のプロパンガスを取扱うアパートにおいて、配管工事施工者がその気密試験を行った後一〇日間近くの日時を経て、しかも、その間に右施工者以外の者によって燃焼器具を設置している状況にあったのであるから、右供給業者であるばかりかその配管工事の元請人でもあった被告小林としては、本件アパートの全配管にガスを流通させる事態に及んでは(本件で右六号室のみに小型ボンベ等を持込み使用させる方法を講じておれば事故は避け得たものと考えられる。)、全室の燃焼器具とその関係配管についての前記各検査はもとより既設配管全体に対する気密試験を再実施してその安全を確認すべきであったのに、同被告は単に六号室一室の燃焼器具の検査をしたのみにて、漫然と同アパート全体のガス配管にプロパンガスを流通させたまま放置したことにより、前示のように前記七号室の計量器接続部分からのガスの漏洩に気付かず本件事故を発生させるに至ったものであって、その過失責任は免れ得ないものといわねばならない。

六、被告らの連帯責任

以上により、被告大西、同小林は訴外山村とともに共同不法行為者として、被告会社は被告大西の使用者として(その余の原告主張の被告会社の過失責任について判断するまでもなく)、被告らは各自本件被害者に対する損害賠償の責に任ずべきものといわねばならない。

七、損害

(一)  亡古川敏雄の逸失利益

≪証拠省略≫によれば、敏雄は死亡時二一才の健康体にて訴外サンケイ新聞鳥取専売所の専業店員として勤務し、原告主張のとおり年収四五万四、〇〇〇円を得ていたもので、爾後六五才位までの間少くとも四三年間の就労可能年数のあったものと認められ、これが認定を左右するに足る証拠はなく、その得べかりし収入より控除すべき生活費等の必要経費は原告主張のとおり月平均一万五、〇〇〇円として年額一八万円が相当である(ちなみに、総理府統計局調査報告による昭和四一年における全国全世帯一人当り一ヵ月消費支出金額は一万二、五三四円、同じく昭和四三年は一万五、六二八円であって、逸失利益の算定に被害者の収入の昇給率を考慮しない本件においては、この程度の必要経費の認定が相当と考えられる。)から、これを差引いた年間の純収入二七万四、〇〇〇円に右残存稼働期間の複式ホフマン係数二二・六一一を乗じて中間利息を控除した逸失利益の現価は六一九万五、四一四円となる。従って、同金額のうち本訴においてその逸失利益として六一九万円を求める原告のこの点の請求は是認し得る。

(二)  右敏雄および原告固有の各慰藉料

≪証拠省略≫を総合すると、原告が請求原因三の(一)2および同(二)1において亡敏雄および原告固有の各慰藉料算定の事情として主張する各事実が認められるほか、原告は敗戦後外地から引揚げたものでさしたる資産はなく、現在一人娘の婚家先に同居して世話になっているものの、同家も余り裕福でなく、原告は年来病弱の身にて敏雄生存中は同人から月々一万円の仕送りを受けていたこと等の事実が認められ、右各認定に反する証拠はない。以上からして本件不慮の事故に遭遇した被害者の敏雄およびその母である原告の無念と精神的苦痛は甚大なものと推測され、これら諸般の事情を考慮すれば、その慰藉料としては敏雄に対し二〇〇万円、原告自身に対し一五〇万円をもって相当と認める。

(三)  原告の相続と損害の一部補填

しかして、前認定事実によれば、原告が亡敏雄の唯一の相続人と認められるから、原告は敏雄の前記逸失利益六一九万円とその慰藉料二〇〇万円の損害賠償債権を相続したものであり、これと原告固有の前記慰藉料一五〇万円を合算すれば九六九万円の債権額となるところ、同金額より原告において自認する前記訴外山村から原告が受領し得る損害金三二〇万円を差引くと、原告の被告らに対し請求し得べき残債権額は六四九万円となる。

(四)  弁護士費用

≪証拠省略≫によれば、被告らが原告の本件請求に応じないため、原告は本件訴訟代理人に委任して本訴の提起、追行に及ばざるを得なかったもので、原告はその訴訟代理人らに着手金として二〇万円を支出し、かつ、勝訴の場合は六〇万円の報酬金を支払う旨を約していることが認められ、この認定に反する証拠はない。しかして、これが認定事実と本件訴訟の難易、前記認容債権額等一切の事情を勘案すると、原告の支弁する弁護士費用は本件事故による損害として被告らに賠償させるのが相当であり、その額は六五万円をもって相当と認める。

八、よって、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、右七の(三)(四)で認定した損害金合計七一四万円と、その内金六六九万円(未払いの弁護士費用分四五万円を除いた額)につき本件訴状が送達された翌日であることが記録上明らかな、被告会社および被告小林については昭和四三年一二月一九日から、被告大西については昭和四四年一月一〇日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余については失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 土井仁臣)

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